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映画「影裏」

 映画試写状に「親友」の二文字を見つけて、青春期の筆者の心に深く刻み込まれた1冊を思い出した。明治の文豪・夏目漱石(1867~1916年)が著した『こころ』(1914年岩波書店刊)である。
 漱石先生と同じ東大卒の国語教諭が、高校2年の1学期のほとんどの授業で名著の真に伝えたいところを微に入り細をうがって解説してくれた。難解な授業が生徒の不評をかったが、筆者はいたく興味を引かれた。
 小説は、先生と呼ばれる高等遊民風の中年男性が大学時代、親友Kが下宿先のお嬢さんに思いを寄せているのを知りながら、横恋慕する。結果的に先生とお嬢さんは結ばれるが、Kが頸(けい)動脈を切って自殺してしまう。以来、先生は贖罪(しょくざい)の気持ちから死んだように生きる生活を自らに強いる。
 人には光と影がある。光が強いほど、影は漆黒となる。小説の先生は穏やかな好人物だが、恋においては卑劣な手段もいとわなかった。人の暗黒面は底知れない。
 映画は沼田真佑の芥川賞小説『影裏』(文春文庫刊)が原作。失踪した親友に忌まわしい過去があったという小説は数あるが、本作は時と場所が暗黒面をより色濃くする。2011年3月11日の東日本大震災前後の岩手・盛岡を主舞台としている。
 親友の2人は売れっ子の綾野剛と松田龍平。松田が震災後、行方不明となり、綾野が彼の足跡をたどると、学歴詐称、借金踏み倒しなどの過去が明らかになる。
 ともに30歳という設定で、酒とたばこ、渓流釣りなど独身男の楽しみを松田が綾野に教授する。親友というより悪友だ。
 平凡な日常の中に、一寸先の瓦解(がかい)を予感させるのは2人の好演による。カメラは顔に極端に寄って、毛穴まで写す。まるでその小さな穴から脳を、心をのぞき込もうとしているようだ。カメラは綾野の男色趣味の過去まで暴いていく。
 暗示的なカットが多い。魚釣りの渓流、魚を焼くたき火、津波の海、さんさ祭り…。悠久の地球史と比べ、めまぐるしく生と死を繰り返す人類において、私たちは眼前の人の光の一面しか見ていない。映画を通観してそう思う。

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